君が代は 千代に八千代に さざれ石の 
いわおとなりて こけのむすまで

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祭りの叡智

神道の根幹に祭りがあるといってよい。神道にはいわゆる体系的な教義やまとまった聖典はないが、その代わりに祭りがあるともいえるのだ。
菅田正昭氏著「面白いほどわかる神道のすべて」より引用
皇居内にある生物学御研究所の脇にある水田で、天皇陛下は毎年、田植えと稲刈りを御自らされ、11月に行われる「新嘗祭」で神前に初穂を奉納します。これは、天照大神様より頂いた稲の実ったこと、国民を飢えさせていないということを、天照大神様へご報告するためです。

初穂の奉納は、全国の神社でも執り行われていますが、私はこの初穂の奉納に込められた古人の叡智の偉大さには心底驚かされました。

初穂とは文字通り、その年に初めて実った稲。それも見事に実った稲のことです。初穂は神前に奉納された後、一部は翌年の種籾として返還されます。この一番早く実り、かつ美味しい部分を保存し、翌年にまわすというところがすごい。

何故ならこれは品種改良の「システム」だからです。特に、冷夏など天候異変の年を乗り越えた稲の、しかも一番いいところの場合、新種の可能性すらあります。現代、日本人が日々食べているお米は、2000年以上にわたって品種改良を続けてきたお米、ということになるわけです。

さて、「祭り」といえばテキヤ(露店)。私はテキヤが祭りの一番の楽しみです。だから「聖典がない代わりの祭り」というのは「聖典がない代わりのテキヤ」と言われるようなもの。聖書とテキヤがどうつながるのか、思考停止に陥ってました。(恥)
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