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世界最大の親日国家・韓国

6月8日付けエントリー「世界最大の親日国家・韓国」の続きです。

今回、初めてお読み頂く方は、お手数ですが以下のリンクの記事からお読み頂けますと幸甚でございます。つづきものとなっておりますので・・・。

世界最大の親日国家・韓国
世界最大の親日国家・韓国
◆我が家族にとっての「竹島問題」

私の経験した範囲内の、韓国人の良い面ばかりあげてきましたが、勿論悪い面もあります。それも、ものすごく悪い面が。(但し直接の経験ではありません)

バランスをとるべく悪い面も記しますが、「嫌韓」の方は逆上せぬようお願いします。m(._.)m

私の祖父は戦前から東京で暮らしていました。住まいの隣接地にはその頃経営していた会社もありました。

経営は順調で、比較的裕福な暮らしをしていたと聞いています。

大東亜戦争開戦。

よりによって祖父の住まいと会社は、昭和20年の東京大空襲で被害の最も大きかった地域。東京大空襲によって、祖父の家も会社もすべて焼き尽くされてしまいます。

不幸中、唯一幸いだったのは、家族全員が地方に疎開していたため、死者が出なかったことです。

東京大空襲の後、帰京すると、街は徹底的に破壊し尽くされ、どこがかつての住まいだったのか、特定するのが極めて困難な状態だったといいます。

そんな状況下、「竹島」は起こりました。混乱に乗じて、その辺一帯が在日朝鮮人に実効支配されてしまったのです。

住み慣れた我が家を失った人。愛する家族を奪われた人。多くの人々が悲しみと困難に打ちひしがれている中での暴挙でした。

終戦直後、多くの在日朝鮮人が「我々は三国人であり敗戦国たる日本の統治下にない」と称して空襲で一家が全滅した土地を不法占拠したことなど、一部の日本人には周知の事実です。

一家全滅こそしませんでしたが。、我が家もその被害者です。祖父の夢の跡が今どうなっているのか私は知りません。焼肉屋かパチンコ屋にでもなっているのでしょう。

◆「被害者」の願い

直接の体験ではありませんが、このようなことが実際に身内の過去に起こっています。

ただ、この事実を知ったのは祖父の死後、十年以上を経てからです。祖父の生きている間、この話題はタブーとなっていたようです。

このような過去を直視したくない、忘れたい、ということもあったのかも知れません。しかし、タブー解禁後も、恨みがましい物言いをする者は一人もいません。

雑誌の名前を失念してしまったのですが、ある雑誌での俳優・藤岡弘氏インタビュー記事。

報復が報復を生んでいるイラク戦争や中近東情勢についての質問に対しての、氏のコメントが忘れられません。

先の大戦での、東京大空襲や原爆といった米軍の暴挙を日本人は忘れてはならない。

しかし、そのような思いは自分の中にだけ封じ込め、次世代には良いところだけを継承しなければならない。

それが日本人の美学である。ざっとこのような内容です。

祖父が過去を一切語らなかったのは、日本人の美学のためなのか、別に理由があるのか。それは定かではありません。

ただ、恨みの想念は祖父一代で断ち切られたことだけは確かです。

そして、恨みを一代で断ち切った祖父の努力を私も継承しなければならないと考えています。

もちろん、過去の暴挙の再発だけは断じて許さない。しかし、憎悪に支配された、何のメリットも得られない、あげあし取りに終始するばかりの昨今の嫌韓の空気にはまったく閉口です。

マスコミやネットで拾った情報や、世間に漂う空気から軽々しく嫌韓を叫ぶ方々には、どうか表と裏のすべてを出来うる限り自分の眼で見、自分の頭(感情でなく理性)で、隣国についての判断をくだしてほしい。

抗議すべき部分と、どうでもいい些事をはっきりと区分けして頂きたい。

以上、長々と書き連ねてまいりましたのは、「被害者」の子孫としての率直な願いであります。
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